年収1,000万円を超えて感じたこと

過去から現在に至る道程と旅行の話

研修時代の友人との別れ

glass

成長のスピードは平等ではなく、人それぞれだ。横並びで同じ場所で学ぶ学生時代とは違い、社会に出てからは残酷な程に差が広がる場合もある。だがどうする事も出来ない。差を埋めようとしても余計に苦しくなるだけだ。

www.ten-milli.com

真面目で頑張り屋な友人

研修時代の同期で、東京に出てきた友人が2人いた。
1人は僕と同じで中々採用に至らず、東京に出て来たのが僕よりも1年遅かった。
僕は3か月決まらないだけでも精神面、金銭面で相当に辛い思いをした。彼にとっての1年は本当に大変だった事だろう。

彼が東京に来るまでの間、「諦めるな」と何度か電話して励ました。余計なお世話だったかも知れないが、彼にもチャンスを掴んで欲しかった。彼は研修時代の良きライバルで、資格試験の点数を競ったりしていた。

ストレスが与える影響

やっと就職が決まった彼は失った1年を取り戻すように頑張った。気持ちは良く分かるが、頑張り過ぎる事によって、ますます苦労を引き寄せてしまうタイプの人間がいる。彼が正にそうだった。なぜかいつも残業の多い現場に配属されて、常に勤務時間が多くなってしまうのだ。真面目な彼の性格がそうさせてしまうのかもしれない。

彼は僕よりも年下だったが、疲れが見た目に現れていた。研修時代は精悍な顔つきと普通の体型だったが、IT業界に入ってからは会うたびに白髪が増えて、お腹も出て来ているように見えた。口には出さないが、きっとストレスのせいだと思う。

1年に2回くらいは集まるようにしていたが、ある時期を境に誘っても『仕事が忙しい』と断られる事が多くなり、気が付けばお互いに連絡を取らなくなった。

今も元気にしているだろうか。

思いやりに欠ける発言が多い友人

もう1人は、僕よりも先に就職が決まった友人だ。履歴書の書き方や面接の心得などをアドバイスしてくれて、実際にそれはとても役に立った。感謝している。

しかし彼は熱い思いも持っているのだが、発言が正直過ぎて思いやりに欠けるところもあった。

脱落

僕の会社に研修の同期の1人が入ったが、わずか数か月で家庭の事情で地元に戻る事になってしまった。僕たちは彼の送別会を開いたが、思いやりに欠ける彼は『地元に帰ってどうするんだ?東京から出たら終わりだぞ。もう2度と戻って来れない。お前は負け犬なのか?』と彼を責めた。その場では『まぁまぁ』と彼をなだめたが、僕も頭の中では同じ事を思っていた。地元へ戻ったら二度と東京には帰って来れないだろう。ただ僕は空気を読んで口をつぐんだに過ぎなかった。

実際のところ、地元にはITの仕事は少ない。だからこそ、僕達は東京に出て来ざるをえなかったのだ。求人雑誌を見たりハローワークに行っても月給18万円の仕事なら高い方だし、地方は家賃は安いかもしれないが、また車も必要になる。
東京に残って頑張ればもっと上を狙えるだろうし、何のために3か月の研修に通い資格を取得してIT業界に入ったのか。僕らの仲間で東京を出て戻って来た人間はいなかった。

だが、彼の決めた道だ。僕たちには見送る事しか出来ないだろう。他にも数名、東京から離れて地元に帰ったという噂を耳にした。生き残りはほとんどいないのかもしれない。

フリーランス

僕がフリーランスになるという話をした時、思いやりに欠ける彼は『将来の保証が無くなるのだから、"3倍"は稼がないとワリに合わないぞ?』と言った。確か当時の僕の年収は600万だった。600万のサラリーマンと釣り合うにはフリーランスなら1,800万稼がないといけないと言うのだろうか?僕がこれからフリーランスとして頑張ろうという思いに水を差す奴だな、と思ったのだが、おそらく彼は僕に変わって欲しくなかったのだと思う。この頃からサラリーマンとフリーランスという立場の変化による感覚の違いが生じ始めていた。

部屋飲み

ある時、23時頃に彼から連絡があって、『今から飲まないか』と誘われた。翌日は休みだったので僕は承諾して、僕の部屋で飲むことになった。

午前2時を回って、「そろそろお開きにしようか」と言うと、『朝までじゃないのか?なら始発が動くまで、ここでゲームでもさせてもらうよ』と彼は言った。

僕はフリーランスになって収入も増えていたし、同じような収入のフリーランス仲間との飲み会では始発を待ったりせずタクシーを使うのが当たり前だった。こんな遅くに飲みに来るくらいだから、彼もタクシーで帰る前提で来たのだろうと思い込んでいたのだが、違ったようだ。タイミングが悪い事に、その頃の僕は、ちょうど自己啓発本などを読み始めた時期で、お金だけではなく時間の大切さについて学び始めた時期だった。

決裂

僕はつい、「時間だって貴重なんだ。最近自分の2倍の年収の人と食事をする機会があったが、僕はその人の時間をいたずらに消費する事は避けたし、食事を終えたらすぐに帰る事にした。お金は増やせても、時間は増やせないんだ。」と口走ってしまった。

僕も普段からそんな言い方はしない。言い過ぎたのは明らかだが、元々彼の思いやりに欠ける発言の数々に嫌気が差していたし、広がり過ぎた考え方のズレに我慢も限界に達していた。

1ヵ月の労働時間を160時間とした場合、年収1億円の人の1時間の値段は5万円。2,000万円の人の値段は1万円だ。僕の1時間は5,000円だった。

彼は帰ると言った。僕が建物の入り口まで送ろうとすると、『いいや玄関までいい。お前は金に憑りつかれてしまった。もう友人でいるのは無理だ。』と彼は言った。こちらも無理だと感じていた。正直ホッとした。 

年収が上がるスピード

以前、興味があって年収が100万円増えるのに必要な年数を調べたところ、平均で5年かかるという記事を見つけた。もちろん業界や地域によっても異なるので一概には言えないが、22歳で300万、27歳で400万、32歳で500万、37歳で600万というような上がり方は東京で考えるとそれほど違和感が無いと思う。

僕は30歳からITに入ったので年齢は異なるが、31歳で270万、33歳で350万、34歳で収入がゼロ、35歳で470万、36歳で600万、37歳で800万、38歳で930万、39歳で960万、41歳で1060万という速度で年収が上がった。

結果と自信と自己暗示

36歳の時には、「自分は毎年100万円上がる人間なのだ」と思うようになったし、それを疑わなくなった。自己暗示の効果か、実際にそうなった。僕は毎年どれだけ上がったかを隠さず友人達に伝えていたし、それに刺激を受けて実際に100万円上がるような人もいた。そしてそれを聞いた僕が「負けないぞ!」とまた頑張るという好循環だ。

だが、思いやりに欠ける彼はその輪には加わらなかった。IT業界に入って10年が経過しても100万円も上がっていなかった。彼からしてみれば、研修同期の僕だけが収入がガンガン増えて行く事が面白くなかったのだと思う。1年早く東京に出て来た分だけ"自分が上だ"という思いがあったかもしれない。しかし、転職が当たり前のこの業界で彼は頑なに転職しなかった。

権力か収入か

彼は『部下の面倒を見なきゃいけない。俺がいなきゃ会社は回らない。』と言っていた。僕には部下はいない。いわゆる一人社長だ。ふんぞりかえる相手もいない。

権力というのはとても魅力的なものらしく、僕が見てきた中では収入の多さよりも人に威張れる立場を選ぶ人が多いように感じる。もちろん、威張れて収入も多い人もいると思うが、どちらか一つと言われれば迷わず僕はお金を選ぶ。選んできた。

フリーランス仲間には変わった人間も多いが、始発までゲームをして過ごすような人間はいなかった。タクシー代をケチるよりも収入を増やす事に力を注いでいるからだと思う。おそらくタクシーを使っても3,000円くらいの距離だと思うし、"40歳にもなってタクシー代をケチって人の家で始発まで数時間ゲームをして過ごす"という考えが僕には理解出来なかった。

自分に課した制約

研修時代の友人と飲んでいる時に口にした言葉がある。確か年収600万の頃だ。
「彼女が出来るのと、年収1,000万もらえるのだったら、僕はおそらく年収1,000万を選ぶと思う。」と。

その時に僕は自分自身に呪いをかけてしまったのかもしれない。口にすると願いは叶うというが、2択にしたのはまったくもって余計だった。そしてまだ終わりじゃない。次にこう聞かれたらどうするのか。

『彼女が出来るのと、年収2,000万もらえるのだったら、どちらを選ぶ?』

僕は結婚したいと本当に心から願っているが、それでもやはりお金を選んでしまうような気がする。理由は単純で、自分でコントロール出来ないものと、コントロール出来るものなら、後者を選ぶというだけの話だ。

年収が上がり続けるということ

  • もし今年も100万円上がる事を自分に義務付けているとしたら?
  • そして来年さらに100万円上げなくてはいけないとしたら?

自分に課した目標に押し潰されそうになり、努力の結果、たとえ目標を達成したとしても、今まで仲の良かった人達と話が合わなくなり、周囲の人達は変化に付いて来れずに反感を示して離れて行ってしまうかもしれない。しかしこちらも今更スピードを緩める事は出来ない。

同じような考え、スピード感の人達との出会いがあれば良いが、上に行くほど人が少なくなって出会う事も難しく思う。僕程度でこれなら、年収がもっともっと多い人達はどうやって孤独に耐えているのか。あるいは僕と同じように普段の生活では正体を隠して生きているのか。

寂しさに負けそうになるが、自分で決めた道だ。成長の代償として受け止めるしかない。こういう風にしか生きられないのだ。