年収1,000万円を超えて感じたこと

過去から現在に至る道程と旅行の話

父の教え~子供に与える影響~

父

子供の頃に両親が離婚したので母子家庭で育った。父と過ごした時間の中で学んだ事は僕の人生に少なからず影響を与えている。

食事の時にテレビは見るな

家族揃っての食事ではテレビを見る事が禁じられていた。ホテルの厨房で働いた経験があるらしき父にとっては、テレビに気を取られて料理が冷めてしまったり、家族の会話が無くなってしまうのを防ぎたいという思いがあったのかもしれない。

不思議な事に、何も音が無いと寂しいと思ったのかテレビの電源は点けっぱなしだった。音声は聞こえてくるのだが、僕は子供だったが、テレビが見えない位置に座らされていたので画面に気を取られる事は無かった。

おかげで今でも誰かとの食事中には映像の類を見ながら食事をする事はない。もちろんスマートフォンなども触らない。テレビが点いていても気を取られる事は無い。

父は2つの事を一緒にやろうとするのは下品だと教えたかったんだと思う。

スーパーやデパートの試食は貰うな

買い物に出かけた時には食料品コーナーで試食を貰う事が禁じられていた。

父は「タダで物を受け取るのは乞食のする事だ」と言っていた。そうでなくても、一度口にしてしまうと買わざるを得ないという無言の圧力を嫌ったのかもしれない。

つまり、無駄な買い物を避けるという事だ。

学生時代は友人達が試食コーナーで嬉しそうにバクバク食べるのを見ながら、僕自身は空気を読まず『結構です』と断っていた。

最近は美味しそうなデザートが売っていると買ってしまう事も多いが、試食を勧められると断らずにいただいている。

だって『試食は結構です。でも、これ一つください。』と言うのは変な気がするからだ。

"見た目で気に入ったから試食しなくても買うのにな"と思いながら、差し出されたものを食べて

『美味しいです!これ一つください!』と出来るだけ笑顔で目を輝かせながら言うようにしている。

 今は空気を読んでます。

xxxxxxxxで働くな

職業に貴賎はないという。しかし、"職業に貴賎はない"という言葉があるという事は職業に貴賎があるという事だ。本当に男女平等だったら"男女平等"という言葉も存在しないだろう。

高校を辞めた僕に、父は「xxxxxxxxでは働くな」と言っていた。

父の仕事も一般的には楽な仕事とは言えないが、ひょっとすると昔xxxxxxxxで働いた経験があったのかもしれない。父は僕を大学に行かせたかったようだが、僕は大学どころか高校さえも中退し、お決まりの転落コースのように見えたのだろう。

「xxxxxxxxでは働くな」という言葉は、"そこまでは落ちるなよ"というような言い方だったように思う。その言葉を守り、僕はその仕事の面接を受けた覚えは無い。

僕自身はその仕事に対して差別意識は全く無いし、そんな風に言われる仕事だとは思わない。世の中には色々な仕事の人がいるから色々なサービスを受けれる訳で、ありがたい事だと思う。

しかし、父はおそらく、大学を出て医者にでもなって欲しかったんだと思う。

xxxは人間の食べ物じゃない

これは世間でも嫌いな人が多い食べ物なので、納得してくれる人も多いように思う。実際に同様の言葉を聞いたことがある。僕も長い間口にしなかった。しかし年齢を経て味覚が変わり、最近少しだけ食べられるようになってきた。

一応は食べ物な訳だし生産している農家の人もいると思うので、子供に対する言い方としてはもっと気を遣った方が良かったのではないだろうか。

だが、父の気持ちは良く分かる。

立派な人間になるまで会いに来るな

両親が離婚して数年。僕は不登校になり高校を中退。その時に言われて今も心に残っているのがこの言葉だ。

まだ立派な人間になれていないと思い生きてきて、少しだけ自信が付いた頃には既に40歳近かった。今ではこの言葉を口にした時の父の年齢を超えてしまい、完全に会いに行くタイミングを逃した。

しかし、本当は会いたくないという事に気付いた。

僕は好きな芸能人などには"できれば会いたくない"と思うほうだ。

会わなければ理想とのギャップに幻滅する事も無いし、会わなければ自分の中で永遠に偉大な存在として輝き続けるし、会わなければずーっと"会いたい"と思い続ける事が出来る。

 

僕にとって父はそういう存在だ。