歩いていると「水がないんです」という人に出会った。
僕は哀れに思った。
その人はチョロチョロとしか水が出ない蛇口の下で、
ただ黙ってバケツを眺めていた。
『あちらの蛇口の方が水の勢いがいいですよ』と僕が言っても
「この蛇口から離れる訳にはいかないんです」と断られてしまった。
僕は悲しい気持ちになったが、渋々とその人から離れる事にした。
歩いているとまた「水がないんです」という人に出会った。
僕は哀れに思った。
その人のバケツにはいくつもの大きな穴が開いており、
どれだけ水を汲んでもみるみるうちに漏れていった。
『穴をいくつか塞いではどうですか』と僕が言っても
「どれも必要な穴なんです」と断られてしまった。
僕は悲しい気持ちになったが、渋々とその人から離れる事にした。
歩いているとまた「水がないんです」という人に出会った。
僕は哀れに思った。
その人は小さな蛇口さえも見つける事が出来ず、
人から水をもらって何とか生き延びていた。
『将来、大きな蛇口を手に入れる方法を教えましょうか』と僕が言っても
「今、コップ一杯の水が飲めればそれでいいんです」と断られてしまった。
僕は悲しい気持ちになったが、渋々とその人から離れる事にした。
ふと立ち止まってみた。
思い返すと、昔はいつも喉が渇いていた。
待っていられる余裕なんてないので勢いの良い蛇口を探し続けた。
こぼれる水がもったいないのでバケツの穴を片っ端から塞いだ。
コップ一杯の水と引き換えに大きな蛇口を手に入れる方法を学んだ。
気が付くと、喉の渇きは収まっていた。
歩いているとまた「水がないんです」という人に出会った。
僕はもう、何も言わなかった。