年収1,000万円を超えて感じたこと

過去から現在に至る道程と旅行の話

年収600万円の卒業と苦難

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2013年 36歳 正社員SE 年収600万円。 

理不尽な引き止めでコンサルタントとしての未来を奪われて数か月が経過。やっと現場を抜けられる日が来た。我慢しながら過ごした日々は何倍にも長く感じた。

反撃開始

反撃開始

自分の会社から『フリーランス契約を結び、引き続き仕事を紹介させてほしい』という思わぬ提案があった。他の現場の面接を断らせ、現場を抜けたがっていた僕にさらに数か月も働かせたことを申し訳ないと思っていたらしく、僕が逃した月63万円という金額で絶対に仕事を見つけてくると自社の営業も燃えている。

思い返せば数か月前、会社に退職の意志を示したとき僕は『将来は4ケタ万円稼ぎたいんです!そのためにフリーランスになりたいんです!』と宣言した。

我ながら、何という恥知らずで傲慢で生意気な奴かと思うが、目標があるから人は頑張れるのだと思う。もちろん、ただのビッグマウスで終わるかもしれないが、本当にそうなれるかもしれない。未来の事は分からない。口にするのは自由。努力するのも自由だ。

自分に値段をつける

仕事の探し方はこうだ。スキルシートと希望する金額を決めて複数の取引先に一斉送信する。興味を持ってもらえれば面接に呼ばれるし、スキルが合わなかったり希望額が高過ぎたりすると呼ばれない。

安くすればお声がかかる可能性は増えるが自分の貰える金額は減る。欲張るのか、遠慮するのか、ギリギリのラインを見極めて自分に値段をつける。今回の希望額は月63万円(年756万)だ。どの現場に移っても給料が変わることの無いサラリーマン時代とは違う仕事の探し方でワクワクした。

15社から反応があり、仕事内容や勤務先の場所などを見て7社に絞って面接に行った。その中の1つの会社に行くことになったが、そこは1ヵ月と経たないうちに抜けたくなった酷い現場だった。

戦地へ赴く

待ちぼうけ

思えば最初から予兆はあった。
面接は現場近くのカフェで待ち合わせだったが、面接をしてくれるはずの現場マネージャーが姿を見せず、1時間半待たされた。現場が忙し過ぎて抜け出せなかったらしい。

そして出勤初日。現場ビルの1Fエレベーターホールで30分待たされた。このビルにはロビーやソファーといったものは無く、立って待つしかなかった。非常に苦痛な30分だった。現場リーダーも遅刻したのだ。

現場はシステムのリリース直後で残課題やトラブル対応に追われている状況で、みんなピリピリムード。朝礼の場でキレて椅子を蹴飛ばす人もいた。椅子の倒れる音と怒鳴り声がオフィスに響き、彼は大声で不満を訴えていた。僕も1ヵ月目から220時間働かされた。

当初は、"月の勤務時間が160~200時間の場合は63万円"という条件を提示されたのだが、"月の勤務時間が140~180時間の場合は63万円"という契約にしてもらうよう交渉しておいてよかった。上限を超えた分は追加で支払われるが、同じ220時間勤務でも7万円ぐらい違ってくる。上限値は低いほど良いだろう。

ホテル

ホテルの廊下

この現場では帰れない人のために周辺のホテルの部屋をいくつか専用に取ってあるようだった。考えてみればすごい話だ。数か月間連続でホテルを抑えている現場なのだ。Excelで宿泊管理簿が用意されていて、空いている日があれば『xx月xx日、まだ空きがあります。早い者勝ちですよ!』みたいなメールが夕方頃に送られて来た。まるで旅行会社のメルマガみたいだった。

現場のリーダーはホテル宿泊の常連だった。連日家に帰れず『もう全然家に帰ってないから何のために家賃を払っているのか分からない。助けてくれよ~』と僕に言っていたが、冗談ではなく本心だったのだろう。現場リーダーの顔は疲れ切っていた。夜明け前にホテルへ戻り仮眠を取って、昼近くにまた出社してくるのだ。僕の入場初日に遅れた理由はこれだ。

僕は営業担当者に電話すると『一刻も早く抜けたいです。出来るだけ速やかに。』と伝えた。

新ルール導入

2か月目が終わる頃には"いつトラブルが起きても対処できるように"と24時間、必ず誰かが現場にいることを要求され、10:00~23:0022:00~11:00という2交代制で13時間の勤務をすることになった。1時間の重複時間は勤務中に起きた出来事の引き継ぎ時間だ。
実はどちらの時間帯の勤務も友人と遊んだり出来ないことが分かるだろうか。

  • 10:00~23:00 23時では空いているお店も限られ、翌朝も10時に出勤だ。
  • 22:00~11:00 仕事前に遊ぶ訳にはいかない。昼間寝ないと夜また仕事だ。

一応3回出勤したら2回休みみたいなルールはあったのだが、当日急に出勤するように言われたり、出勤してみれば『今日の作業無くなったので帰っていいよ』と言われたり滅茶苦茶だった。20人くらいが作業のために出勤していたのに中止になったこともあった。さすがにみんな呆れていた。

配給

無茶苦茶さが伝わっていたのか、現場の上層部などから時折食べ物の差し入れがあった。『xxx部長からの差し入れがxxx会議室に置いてあります。手の空いた時にでもご自由にお召し上がりください』みたいなメールが届くと、みんなで『食い物だぁ~!』とばかりに一斉に会議室に向かった。お菓子、カップ麺、栄養ドリンクなどがダンボール箱で届けられており、食べ物に群がる様子はまるで配給を待つ人々のようだ。ここは戦時中の日本なのだろうか。

脱出成功

出口

結局3か月目で抜けれることになったのだが、抜けるときも先方は納得しておらず、ちゃんとした挨拶も出来ずに辞める事になった。2交代制で13時間の勤務は途中から始まったので仕方がないが、最初からそのような働き方だと聞いていたらこの現場を選ばなかっただろう。3か月の平均勤務時間は210時間。残業代は合計で32万円になった。

もし160~200時間で契約していたら11万円しか残業代は貰えなかったはずだ。なんと21万円の差が出る。交渉してもらうようお願いした自分を褒めたい。ここで働いていた時は食べるしか楽しみがなかったので体重が増えた。不健康な生活だった。

 

予兆を感じよう。契約時間の上限値は下げよう。