年収1,000万円を超えて感じたこと

過去から現在に至る道程と旅行の話

年収600万円の面接

日数をカウント

www.ten-milli.com

2013年 36歳 正社員SE 年収600万円。

月収が50万になるまでの最初の3か月は月18万で乗り切らねばならない。極力無駄遣いを抑えた生活を送った。

話が違う

3か月目が終わりに近づき念願の50万円に上がるのか確認すると、現場の方で「まだ一人前とは言えないので、もう3か月18万円で」と言っているらしい。そんな馬鹿な。一人前の基準も曖昧だし、この先も何だかんだと理由をつけて18万円しか払わないつもりだろうか。それでは詐欺ではないか。

なにしろ、求人には"最初の3か月は18万円です"などとどこにも書かれていなかった。それでも3か月だけならと了承したのに、さらにもう3か月など許せる訳がない。
『50万円だから来たんです。約束の金額を払う気が無いなら、僕は今月で辞めると伝えてください。』と自社の営業にお願いした。現場は渋々と4か月目から50万円を払うことに了承したらしい。最初の3か月は半分以下の金額というのも、僕は他の現場では聞いたことが無い。やっぱりおかしな現場だったのだ

昼夜を問わず

午前0時

勤務時間外の電話は多い月で20本くらい。平均すると10本くらいだろうか。友人と居酒屋で飲み始めたばかりの19:30、寝ようかとベッドに入った0:00。お酒を飲んで寝付いたばかりの2:00、もう少しで起きる時間になる4:30などだ。辛い時もあったが承知の上で入った現場なので、これには文句は無かった。

プライベート時間の飲酒は禁じられていなかったが、自主的に飲酒量は減らしていた。あまりにも酔っぱらっていると仕事にならないからだ。

同僚はフリーランス

現場はフリーランスが多くて、一緒に組んでいた5人チームのメンバーでサラリーマンは僕だけだった。メンバーの1人が貰っている金額を教えてくれたが、月70万円だという。僕は50万円でもすごい貰っていると思っていたのに、彼はさらに20万円も多く貰っているのだ。やっている仕事はほとんど同じか、僕の方が頑張っているのに。

一緒に組むことの多かった、年上のフリーランスの人は金額は教えてくれなかったが、噂だと80~90万くらい貰っているようだった。彼は技術力はあるのだが、物言いがストレート過ぎて現場リーダーからはあまり良く思われていない人だった。

迷惑な相棒

怒れる相棒

そのような態度が災いしたのか契約更新のタイミングで彼は金額を下げられることになり、不満を爆発させた。
『今までどれだけ貢献したと思っているんだ。俺がこのシステムを支えてきたんだぞ。』と事あるごとに愚痴をこぼすようになった。

彼は仕事を放棄した。仕事の大半を僕に押し付け、仕事中の私的なインターネットの閲覧はもちろんのこと、サーバールーム内でもスマートフォンを触るようになった。技術力はあっても、そのような態度では迷惑なだけであり、早く抜けてほしかった。僕よりも年齢は上なのだから、"大人になれよ"と思っていたが言えなかった。

そんな風だったので、一緒に組んでいた仕事で僕らは重大なミスを犯してしまい、謝罪文を書くハメになった。しかし彼は翌月にはあっさりと退場。残された僕だけが責められ続けた。

だらしない人達

周りのメンバーの勤怠も良くなかった。
体調不良で月に2,3度は当日欠勤するのが当たり前だった。おそらく、月の勤務時間を調整していたのだと思う。彼らに悪気は無かったのだろうが、それにしても事前に休みを知らせておいてくれれば良いのに、当日欠勤は困る。周りのメンバーだけ150時間くらいの勤務で、僕だけが240時間くらい働いた時はさすがに頭に来た。
現場のリーダーに文句を言うと、『体調不良なんだから仕方がないだろう。』という人の気持ちも仕事量の平坦化も考えない、無神経な返事だった。

ドラマのような出会い

umbrella

僕の不満も限界に達していて、この現場を抜けようと決めた。しかし、給与面が心配だった。今は24時間365日対応だから特別手当として20万円が支給されている訳で、他の現場に移れば手当は無くなってしまい月給は30万円に下がる。今さら収入を減らす訳にはいかないので、収入を維持したまま他の現場に移るにはフリーランスになるしかないと思った。周囲の影響もあった。

フリーランス向けに仕事を紹介しているサイトにいくつか登録し、そのうちの一つの会社に話を聞きに行った。契約や報酬についての説明を受けて登録を済ませ、帰りにビルを出たところ雨が降っていた。土砂降りだ。信号を渡ってすぐのところに地下鉄の入り口があるのだが、あいにく傘は持っておらず、少し歩いただけでもズブ濡れになりそうな、ひどい雨だった。

どうしたものかと困っていたら『傘に一緒に入りませんか』と後ろから声をかけられた。振り返ると声の主はスラッとしたイケメンでまだ20代後半くらいだろうか。ジャケットが決まっていて声まで恰好良かった。僕が説明を受けた会社の営業担当だと彼は名乗った。

彼のおかげでズブ濡れにならずに済んだ僕は感謝し、彼は名刺をくれた。偶然かどうかは分からないが、彼が僕の担当に付くことになった。

憧れの仕事

彼からいくつか仕事を紹介された。2つ、3つと面接を受けたが中々決まらなかった。数週間が経った頃、"コンサルタントで月63万円"という仕事が出て来た。

実は僕は以前からコンサルタントという仕事に憧れていた。彼らは仕事が出来て、高い収入も得ていて、多忙な日々を送っている。僕もいわゆるエリートの仲間入りを出来るんじゃないか、と興奮した。

コンサルタントの仕事で63万円というのは少し安いような気もしたが、コンサルタント経験の無い僕を採用してくれるような会社は多くは無いはずだし、経験を積めば収入はガンガン上がるんじゃないかと思った。面接が楽しみだった。

我慢するのは誰か

牢獄

自社の方にもそろそろ退職の意志を伝えなくてはと思い、話をした。『今の現場を抜けるつもりです。次からはフリーランスとして働きたいので紹介会社を通じて仕事を探しています。2か月後に辞めます。』と。
すぐに辞めるのは社会人としてルール違反だと思うが、さすがに2か月後なら問題は無いだろうと、自分としては十分に期間を取ったつもりだったが、『先方が渋っているので2か月後は無理だ。面談も断ってくれ』と言われた。

僕の会社は現場の会社との繋がりが強く、その会社が持っている他の現場へもエンジニアを送り込んでいた。売上の多くをその会社に依存している状態のため、向こうの言いなりだった。もちろん全てを振り切って辞める事も出来たが、自分の会社には何も問題は無く迷惑をかけたくない。嫌なのは現場なのだ。事を荒立てたくはなかった。

相手の会社か、自分の会社か、自分自身か。誰かが我慢すれば良いのだ。答えを出さなければいけない。そう、僕が諦めればいいのだろう。コンサルタントになることを。高収入を。やりがいを。

『分かりました、今回は我慢します。だけど、少しでも早く抜けたいので期限を決めてください。その期限までは働きますが、期限が来たら何が何でも絶対に抜けます。僕は約束を守るので向こうにも必ず約束を守らせてください。』と伝えた。

面接

コンサルタントの仕事を紹介してくれた営業担当者に、強い引き止めにあって辞められなくなった事を伝えると了承してくれた。ただし、既に決まっている面談には参加してほしいそうだ。僕は断る前提の面談に参加することになった。もちろん手を抜くつもりは無かった。

面接では話が弾み、現場の雰囲気も良さそうだった。感触が良かっただけに、ビルを出た帰り道でとても悲しい気持ちになった。自分はもうコンサルタントにはなれないのだという絶望感に襲われた。

数週間後、意味が無いことは分かっていたが、どうしても面接の結果が気になって確認してみると、やはり先方からはOKが出ていたらしい。残念で残念でたまらなかったがスッキリした。

 

今は耐えろ。

 

www.ten-milli.com